2007年07月15日
梅田松陰? の巻
ふと思ったこと。
ウェブ進化論を引っさげて、Web2.0という考え方を示した梅田望夫氏は、もうある意味平成の吉田松陰のような気がしてきた。
吉田松陰から高杉晋作、そして大村益次郎への流れというのは是非、司馬遼太郎の「世に住む日々」を読んで欲しいと思うが、一言で言えば松陰は思想を生み、その志を継いだ高杉が行動を起こし、大村の技術力がそれを実現させたという感じ。
ところでWeb2.0が笑い話にしか聞こえないという風潮には二つの原因があるように思う。
一つは、そもそもの曖昧さや自分(もしくは自社)以外のものに依存しまくるのって、安定して金にならないよね、というWeb1.0スキームのほうが安定して儲かるよ、っていう理由と、
もう一つは高杉が凄く少ないから。
あの幕末の時代、インターネット並みに情報、知識へのアクセスが容易な時代であったなら、そもそも大村のような人間が松下村塾を叩く理由は無かったし、医者が上野のお山に大砲打ち込む事も無かっただろう。
大体Web2.0の土台になりそうなもろもろの技術は翻訳、ないしはWebで見る事が出来るし、順序をしっかり構成すれば誰でも覚えうる技術だ。
つまり、現代のインターネット社会というのは、大村的人間の相対価値が極めて低いという時代な訳だ。
Web2.0的な技術という話で言えば、誰しもがAjaxやFlashの有用性を認めつつ、
自分の会社のWebサイトがAjaxを使ってなかったり、そもそもFlashは使用禁止だったりする。
大村が何人いようが、大村を使う高杉がいない限り、結局それは変わらないんだよね。
現代の高杉は何をしなければならないかというと、しっかりと情報を如実知見しながら、時には上司を巧妙に説得し、大村(外部のデザイン会社、もしくは社内の技術者)をしっかりと捕まえながら大村が少しでも成長する機会を作ること。
Web2.0的技術を使う事による優位性を把握しながら、戦略的なロードマップを敷き、利害が一致する人をド派手巻き込みながら、考える隙をほぼ与えずに、絶妙のタイミングで一騎果敢に大村が登場できる舞台を整えるような人。
ただ、高杉は恩師が死んだり上海が植民地化されるなど、差し迫った理由付けをしないと動かないので、多分AmazonがフルAjax化した頃に高杉が増えるんじゃないかと思う。
まぁ判らんけどね。
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- by 始
- at 01:23
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